ドロミテの森と、いま世界が注目する場所
― フィエンメ渓谷の赤モミとミラノ・コルティナ冬季オリンピック ―
いま、ドロミテの山々に世界の視線が集まっています。
ミラノ・コルティナ冬季オリンピック。澄みきった空気、張りつめた静けさ、そして極限まで研ぎ澄まされた身体の動き。
その同じ山岳地帯で、何世紀にもわたり静かに育ってきた木があります。
私たちがヴァイオリンの表板に用いている、**フィエンメ渓谷産の赤モミ(イタリアン・スプルース)**です。
ストラディバリも足を運んだ森
クレモナから約250km。
標高1500~1800mに広がるフィエンメ渓谷は、古くから「共鳴する森」と呼ばれてきました。
伝えられるところによると、アントニオ・ストラディバリも自らこの地を訪れ、楽器に適した丸太を選んだといわれています。
冬の寒さは厳しく、空気は乾燥し、木々はゆっくりと成長します。
その結果生まれるのが、
- きめ細かく均一に詰まった年輪
- 軽さとしなやかさ
- 高い弾力性と振動伝達性
弓を置いた瞬間、音が自然に立ち上がり、空間へ広がっていく感覚。
奏者としてその反応を感じるたびに、この木が持つ特別な資質を実感します。
150年を超える時間の蓄積
私たちが選ぶのは、150~200年かけて育った赤モミ。
成長が止まる秋から冬に伐採され、伝統的には月が欠けていく新月の頃がよいとされています。
重力の影響で樹液が少なく、虫がつきにくく、安定した強い木になると考えられてきました。
科学ですべてが説明できるわけではありませんが、長い経験が裏付けてきた知恵です。
さらに数年にわたる自然乾燥を経て、一本一本の繊維の流れ、密度、弾性を確認し、ようやく楽器の表板になります。
なぜフィエンメ渓谷なのか
なぜこの地域の赤モミが特別なのか。
完全な答えは、いまもありません。
ドロミテ特有の石灰質を含む土壌、豊富なミネラル、標高による寒暖差、ゆるやかな成長環境。
それらが複雑に重なり合い、理想的な響きを生む木を育てているのかもしれません。
いまオリンピックでアスリートたちが限界に挑んでいるこの場所は、同時に、数百年にわたり世界の名器を支えてきた森でもあるのです。
森の静寂から、音楽へ
雪と風に耐えながら育った赤モミが、クレモナの工房へ届く。
そして削られ、厚みを整えられ、弓の振動を受け止める準備をします。
一瞬を競うスポーツと、何十年も響き続ける楽器。
時間の尺度は違っても、どちらも極限まで研ぎ澄まされたバランスの上に成り立っています。
ドロミテの森の静寂は、いまも私の楽器の中で生きています。
このフィエンメ渓谷の赤モミについて、そして実際に私たちが使用している材の音色については、YouTubeでもご紹介しています。
森の背景とともに、響きの違いを感じていただける内容です。
ご興味のある方は、ぜひ動画もご覧ください。
ブログとはまた違った形で、森と音の関係をお伝えしています。
そして、私たちの楽器づくりについてさらに詳しく知りたい方は、公式サイトもゆっくりご覧いただければ嬉しく思います。
ドロミテの森から、クレモナの工房へ。
その響きが、どこかで誰かの心に届きますように。
